「ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち ボートに託した夢」を読んで

 第二次世界大戦直前、ベルリンオリンピックのボート競技アメリカ代表エイトクルーの物語。
 主人公は6番漕手ジョー・ランツ。ワシントン大学入学前の悲劇的な生い立ちから話が始まる。当時のアメリカは世界大恐慌が始まり、ウォール街の不況が西海岸にも押し寄せ始めていた。自由で豊かな国ではない時期。
 主人公はまだ幼い時に母親と死別して、父親と歳の離れた兄と暮らしていた。それほど幸せとは言えないけれども父親が再婚するまではそれなりに暮らしていた。それが、異母兄弟が成長するにつれて継母に疎まれ、そのため実の父親からも突然見捨てられ、高校生の時に一人で暮らしていかなくてはいけなくなった。住む家はあるけれど、食べ物は当然自分で調達しなければならず、森に入って夕食用に野いちごを取ってくるくだりは、まさに自給自足の生活だ。
 このつらい経験から他人に頼らない生き方を選び、強い人間として成長していった。しかし、大学入学後ボートを漕ぐようになってから、この生き方が逆に大きな欠点となる。同じボート部内でも他の船に乗るクルーとは熾烈なライバルであり、まともに口を聞くこともない関係であった。これは他の部員も皆同じだったので主人公だけが特別だったわけではない。けれど同じボートに乗るクルーに対しても協調性があるわけではなかった。これが、ボート選手としては、もう一つ伸び悩む原因で、一軍クルーに選ばれるかどうか当落線上を行ったり来たりしていた。転機になるのは、コーチやボート製造業者のジョージ・ポーコックに他人を信頼することを少しづつ教えられていったことだった。頭ごなしな言い方ではなく、導くように、諭すようにして、教えられていった。そして、オリンピック代表クルーに選ばれた頃には同じボートに乗るクルーとして他のメンバーを信頼して協調することを完全に身につけていた。ボートを漕ぐ技術や体力よりも、この精神的な成長がこの本の主題だと思う。
 1930年代のアメリカ西海岸の様子を描いた話はほぼ初めて読んだと思う。西部劇の世界ではないけれど、まだ現代化していない、まだ豊かとはいえないアメリカ。片側5車線もある高速道路が走る今のカリフォルニアとは全く異なる時代。ただし、学生でもオンボロとはいえ車を持っているのには少し驚いた。この辺りが車社会か。
 ベルリンオリンピックのボイコット運動が起こっていたことは初めて知った。ナチスドイツの政策に反対してのこと。オリンピックのボイコットといえばモスクワ、ロサンゼルスしか知らなかったし、ベルリンオリンピックといえばナチスが宣伝に利用したとしか理解していなかったが、それなりに事前には反対運動も盛り上がっていたのか。
 同じくボートを扱ったノンフィクションでも東海岸のハーバード大学クルーを中心に描いた「栄光と狂気」とは別の視点である。ワシントン大学のライバルであるカリフォルニア大学との競合関係にもページを割いた西海岸のボート競技の視点で描かれている。「栄光と狂気」ではワシントン大学クルーを強豪として描いていたが、それはこのオリンピック優勝の実績があったためか。
 なかでも好きな一文は、
「彼らはみなそれぞれのやり方で、労せずに得られるものなど人生には何ひとつないことを学んできた。」
「自分が自分であるために、他人に頼ったりしない。たとえそれがジョイスであってもー。」
 主人公はオリンピックで見事金メダルを獲得し、大学卒業後は地元ワシントンにあるボーイング社に技術者として勤め、生涯ワシントンから離れなかった。
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